２月１２日（金） 　２１：０５発のエアー・フランス機でバンコックを後にする。１：５０、ボンベイ空港に降り立つ。タイ時間２：２０。空港で古川君というひとり旅の大学生が話しかけてきた。やはりひとりでは心細いのであろう。ボンベイの夜をともに行動する事にした。 　空港の外へ出て、タクシーの運ちゃんと交渉をする。空港の近くに安いホテルがあるというのでそこへ行ってみる事にした。足代１５０ルピー。まだ、インドの金銭感覚が体に染みていない為、高いのか安いのかよく解からない。１ルピーが約２６円である。 　２０分程タクシーに揺られて着いたホテルは満員で、１階にあるレストランの長椅子でよければ、ひとり１００ルピーで泊めてやると言われたが、その途端ラッキー氏は怒鳴るような口調で"ノー！！エクスペンシブ"と叫んだ。そして、さっさとタクシーに乗り込むと、他のホテルを探すように運ちゃんに命令した。しかし、ホテルは何処も満員で、結局再び運ちゃんと交渉して合計３００ルピーでボンベイ市内まで行く事になった。 　薄汚い街中を走り抜けて行く途中、最初はボロッきれか何かだと思っていた道端の物体が、人の寝そべっている姿だと知った時、初めて"インドへやって来たんだな"という実感が湧いてきた。しばらく行くと、ガラの悪そうな一見チンピラ風の男が、棒っきれでボンネットを叩いて僕らの乗った車を止めた。僕は一瞬、ケンカでも始まりそうな気配を感じて身構えた。男は車をのぞきこんで怪しげな目つきで僕らをいちべつすると、ふた言み言、運ちゃんと言葉をかわして車から離れて行った。インドのポリスである。実に偉そうだ。威張っている。 　運ちゃんは、棒っきれで愛車を叩かれたのに、怒りもせず顔色さえ変えない。よっぽどポリスを恐れているか、ポリスを馬鹿にしているか、それともこんな事は日常的な出来事でなんにも感じないかのどれかであろう。日本なら、すぐさまニュースになりそうな出来事であった。 　ボンベイ市内に入って、着いたホテルが"リーガル・パレス"。名前は立派だが、部屋には毛布すらないベッドが３つ。上を見上げると、バカでかい鉄製の３枚羽の扇風機が壊れたまま動こうともせず僕らを見下ろしていた。 　宿賃ひとり５０ルピー。ラッキー氏に言わせると高いと言う。インドでは１ルピーを１００円の感覚で捉えた方がいいと教えられた。とすると、今宵の部屋代は５０００円という事になる。その割にはおそまつな部屋である。ボンベイは他の都市に比べると物価が高いと聞いていたが、そのせいなのか、それとも足許を見られたのか。タクシーの運ちゃんには、しっかり３００ルピーもとられた。なんと３０，０００円のタクシー代である。"やられたな"と思う。街との出会いの印象というものは、それが誤解であったにしろ、いつまでも心の何処かにひっかかっているものである。ボンベイは嫌いな街のひとつになるかも知れない。生水には自信がないので、ボーイを呼んでボイルド・ウォーターを持ってこさせる。ヒンドゥ語で"ガラン・パーニ"という。吉川君は、ほとんど口をつけずに寝てしまった。

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